伊勢神宮行ってきたので、長文レポ書くよ!

いろいろとあって、一人で伊勢に行ってきたので、その感想。

僕が旅したルートを追いかけるように、順繰りに感想を書いていくよ。

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一日目 外宮へ

一生一度はお伊勢さん。

どうも伊勢の偉い人たちは「一年一度はお伊勢さん」と格上げしたいみたいだけど。

 

なんて、しょっぱなからの余談はともかく。

僕は前々から、伊勢神宮に行ってみたかった。

 

なにせ、「日本人の総氏神」と自ら言うくらいの社。

名実ともに、日本で最も豪勢な社のうちの一つだ。

 

伊勢だけでしか感じられない何かが、もしかしたらあるかもしれない。

出発前の僕は、おぼろげにそう考えていた。

 

それが実際どうなったのかは……この後のお楽しみ。

わりと長い電車の中

まずは大阪駅まで出て、環状線で鶴橋駅まで行って、そこから近鉄で伊勢市駅まで。

事前に立てていた計画の下、僕は電車に揺られていた。

 

このツイートを書いていたのが、ちょうどそのころ。

 

いやあ、がたんごとんと揺られる列車の中だと、他にすることあんま無くてね……。

こういった痕跡が残ってるように、車窓はわりと山だった。

 

伊勢、というより、「伊勢まで、山沿いを抜けていく」ルートだったんだろうね。

まさに気分は、深山幽谷を抜けていくかのよう。

 

わりと長時間列車にのっていたはずだけど、不思議と退屈はしていなかった。

伊勢市駅から

そして目的地についたのは、たしか「お昼をだーいぶ過ぎたあたり」だったかな。

この写真に伺える出口から、外宮へとまっすぐ参道が伸びている。

 

白タイルの参道には、多種多様な店が軒先を連ねる。

それは見るだけで「良く出来てる」とうなってしまうような観光地の姿。

こういった看板を見ながら、僕は「この駅は、外宮参拝のために作られた駅なんだなあ」と感じていた。

外宮を訪れて

(長い移動で)すっかり遅くなった昼食をいただいてから。

ようやく僕は旅の目的、外宮へと足を向けていた。

迎えてくれたのは、わりと立派な枝ぶりの木。(ただ、化物揃いの伊勢神宮神木勢の中では、かなり小さい部類)

で、奥に見えるのが、外宮説明の看板と入り口。

「おお、これが噂の『神が通る真ん中を踏まさないための、中央が盛り上がった橋』かー」とか。

金具の花弁の数を数えたりして、小さな感動を覚えてたの。

手水舎(やけに大きい)

橋をわたって見えてきたのは、手水舎。なん、だけど……。

とにかくでかい。「何人同時使用前提なの……」とツッコミたくなった。

さすがは「超駅チカで交通の便も◎です」とかって不動産広告になりそうな立地。

 

団体ツアー客ラッシュをも受け止める容量。それがこの数なんだろうね。

……といったことを考えながら、手を洗っていた。

賑わう参道

平日の夕方前だったけど、人の賑わいはかなりのものだった。

いや、人を避けて写真撮ってた(上で選別して抜いた)から、写真にはまったく写ってないけども。

 

ツアーの旗持ちに先導される団体。太い神木に抱きつく人々。 霊験あらたかそうな石へと手を伸ばす人。

老いも若きも集まってて、「なんともすげえなあ……」と感じていたんだけど。

 

もう少し見てると、その人たちが「きちんと参拝マナーを守ってる」ことに気がついた。

 

鳥居の前で頭を下げる、とか。手水舎で決まった順番に清めていく、とか。

そりゃいちおう僕も守ってるから、そんな人のこと言えないんだけど。

 

伊勢神宮に来るまでの人だもんね。 そりゃ、作法は守るよね……と、僕はおぼろげに感じてたの。

外宮の正宮

人の列が向かう先は、外宮で一番大きな建物。正宮だ。

撮影禁止と書かれてたので、僕も写真は撮ってない。

 

なので思い出せる限りで描写すると、そこは特に「村を統べる長者の屋敷」みたいな場所だった。

 

ふくよかな中年男性の腹回りほどに太い、白木の柱。 柱に乗っかる茅葺屋根は、これまた太い。

拝殿と本殿の狭間にある広場には、見渡す限りの小石が敷き詰められていて。 お白石の白と、そうでない黒と、はっきりと色分けがなされてる。

 

ちょっと意地悪な言い方をすると、「訪れる人を威圧する」ような光景。

「ここには(いろんな意味での)力がある」って、暗黙的に伝えてくるような。

 

偉い人の住まいって、だいだいこんなふうになるのかなあ……と、僕は考えながら見ていた。

別宮へ

正宮を後にした僕は、土宮・風宮・多賀宮の方向へと向かった。

位置関係については、運良く撮っていた、上の案内図を見て欲しい。

正宮に比べると、別宮の賑わいはそうでもなかった。

人影が消えていくほどに、どこか風が冷たくなるようでいて。 反面、僕の心は徐々に盛り上がっていった。

 

そう……僕は人混みが苦手で、一人きりが好きなタイプなのだ……。

 

他の別宮にも言えることだけど、正宮に比べてこじんまりとした大きさになっている。

この風宮を見た時の、僕的な印象は「馴染み深い神社のサイズ」って感じだった。

参考:風宮-Wikipedia

 

上の写真にあるように、だいたいの宮では、黒石と白石できっちり分けられている。

初めから「次の式年遷宮で建て替える場所」が横に用意されてるのは、神宮ならではの光景だと思う。

風宮の次は土宮。立地も様式も風宮とよく似てて、いまいち印象が薄い。

 

「土属性はやっぱり地味なのね」と思ってしまった僕は、そこまで悪くないはずだ。

参考:土宮-Wikipedia

階段をのぼった先は

若干コンパチめいた風宮/土宮と比べると、多賀宮は別枠扱いになっている。

ぐっと道は奥まって、辺りには山と森特有の匂いがし始める最中。

 

階段状になった道を、そのまま進んでいくと。

どこか小さな多賀宮が、ぽつんと人を待っている。

(このあたりなんだか記憶が曖昧なので、違ってたらごめんね)

参考:多賀宮-Wikipedia

ずずいと奥まった場所にあった社は、ごくごく小さいもの。

しかし僕は、「なにかがいそうな気配」を感じてならなかった。

 

もしかしたら、僕が感じなかっただけで、正宮にもこの気配はあったんだろうか。

それとも、これらの神は豪奢な社でなくて、「奥まった場所」に宿るんだろうか。

 

頭を疑問がよぎっていたけど、ぶっちゃけ僕にはわからない。わかるはずもない。

僕は正宮で投げた金額よりも、ちょこっとだけ大きな金額を賽銭として。

 

静かにその場を後にした。

参道を外れた袋小路で

といった部分を終えて、僕は外宮参拝は終わったように思っていた。

「行きとは別の道を通って、そろそろ帰るか。もう宿にチェックインできる時間だし」とかなんとか……考えてたはずだ。

 

単純な道だけなら、まだまだいくつも分かれ道は見えていた。けれど、その殆どは「この先立ち入り禁止」の表記だ。

まあ、こんなもの。こんなものだと、僕は裏参道から出ていく道のりを辿っていて。

 

それはちょうど、御厩(神馬が飼われてるところ)に差し掛かった時だった。

御厩の側には、にゅっと横へと入り込んでいく分かれ道。

そこには、「立ち入り禁止」のしめ縄が……ない。

その道の様子は、こういった感じ。明らかに、他の宮とは様相が違っていた。

うってかわった、うら寂しい気配。人の気配と反比例するように、どこか空気が冷たくなっていくような。

冷えた風が通るたび、辺りの木々がざあざあと一様に揺れる。

多賀宮のときと同じ、「なにかがいそうな気配」が、そこにはあった。

 

というふうに書くと、ホラーものっぽく思えてくるけれど。

僕は待ちに待った感じに、心が震えだしていた。これだよこれ、神社といえばこの気配。

風が吹く所には神が宿るのか、木々が揺れるところに神が宿るのか。

なぜかはわからないけれど、僕はとにかく「風に枝葉が揺れる」葉擦れの音が好きなのだ。

 

心躍る感覚の後に、見えてきたのは小さな社。

あんね、あんね、ミステリアスすぎてね、ようわからんかったの。

ここは度会国御神社と言うらしい。

参考:度会国御神社-Wikipedia

 

ここだけ、別の神社に迷い込んだみたいだった。

別に「田舎の小さな神社」としては、わりと一般的な方だけど。他がめっちゃ豪奢な外宮の中で、ここだけ「田舎の小さな神社」ってのはさ。

 

むむむ、ミステリアス。

 

さらに小路を奥へと向かうと、大津神社が待っている。

参考:大津神社-Wikipedia

なして、RPGの隠し宝箱みたいな配置なのさ……とツッコみたくなる佇まい。

いいよね、こういう景色。神社めぐりはこういう隠し宝箱探しが楽しい。

 

ちなみに。

後で見つけた案内図には、この二つの神社は記載されてなかった。

な、なんでー?

脇道の余談

参考:ちょっと不思議な外宮「度会国御神社」付近の参道

上は、この記事を書いてる途中に、「度会国御神社」を検索して見つけた記事。

「うんうん、たしかにあそこは不思議な場所」……と拝読してたんだけど。

 

僕が行った時は、 しめ縄で閉じられていて、大津神社の奥なんて行けなかった気がするぞ?

少なくとも「謎のミニ稲荷神社」なんて、心躍る景色は見れなかったよう!

あれー、あれれー……?

 

おおう、おおう、こんなおもしろ部分があっただなんて。

伊勢神宮、やっぱり不思議なところだ。

月夜見の宮

そんなこんなで外宮を後にした僕は、月夜見宮へと向かった。

参考:月夜見宮-Wikipedia

外宮を出て、町中を通っていく道のり。掲示された案内を見るに、神路通りと言うらしい。

「この案内、なんで塗りつぶされてるの……?」とは、心の中で突っ込みつつ。

僕はふんふんと「トヨウケヒメさんとツクヨミさんは秘密の逢瀬してたんやな!」とカップリング脳で先へと進んだ。

 

子どもたちが元気な声をあげる、小学校沿いを通り過ぎて、さらに奥。

口を開ける月夜見宮の鳥居は、町中とは思えない風合いを浮かべていた。

驚いたのは、鳥居をくぐった時の匂いの変化。

鳥居をくぐるとすぐに、「山・森特有の匂い」が鼻腔をつつきだす。

ツクヨミさんって、明らか特別扱いなんだよね。

外宮そばの月夜見宮と、内宮そばの月読宮とで、二つの宮持ってるし。かと思えば、敷地が別なぼっち待遇だし。

 

月夜見宮拝殿から横道に入っていくと、高河原神社が座していた。

参考:高河原神社-Wikipedia

立派な正宮は眺めるだけなのに、こういう小さな貫禄には賽銭を入れたくなるのはなぜだろう。

時を経た風合いの中でも、この高河原神社の風合いは程よい印象。

 

たしかここで、「ツクヨミさんの謎が少し紐解けますように……ツクヨミさんの良い百合カップリングが思いつきますように……」とか祈った気がする。

ごめん、僕は基本的にはこういうノリだ。

 

もう一度月夜見宮拝殿前に戻ってから、高河原神社とは反対方向に向かう。

そうして見えてくるのが、このささやかな社だ。

大きな社は見た目に圧倒されるけど、この小さな社もなんと良きことか。

何度でも言うけど、僕はこういう部分が好きなの。

 

この可愛らしい稲荷社に一礼してから、僕は月夜見宮を後にして、予約していた宿に向かった。

そこでの出来事も、僕としては実入りの多いことではあったけれども。

 

伊勢神宮を描写するこの記事としては、一日目はこれで終わりだよ。

二日目 内宮へ

一般に、伊勢神宮参拝は「一日目外宮、二日目内宮の順番が良い」とされる。

また、その際には「内宮が開く朝一番に行くと、清浄な静けさが感じられて良い」とも言われる。

 

僕も、そのとおりに向かう予定を組んでいた。

夜明け前より

朝、五時。僕は宿をひとり抜け出していた。

宿の場所は伊勢市駅すぐ近くで、内宮はだいぶ遠い。4kmくらいだったかな。

 

車があれば楽ちんだったけど、残念ながら、僕には二本の足しかなかった。

「暴漢と出会ったらイチコロじゃん……こわいなあ」とか考えながら、夜道を歩いていたの。

猿田彦神社へ寄り道

外宮と内宮を繋ぐ国道の、ちょうど門番を果たすように。

道祖神の誉れ高い、猿田彦さんの神社が建っている。

 

暗くて写真は撮れなかったけど、猿田彦神社も実に「伊勢の豪奢な神社」だったよ。

急いでいたのもあって、じっくりと観察できなかったのが残念。

 

猿田彦神社を後にしてからは、もうすぐもうすぐと気がはやるばかりだった。

徐々に白んでいく空に、出来る限り負けないように。思い切り腕を振って足を前に進めてた。

 

それから、まもなく。

……その時はやってきた!

宇治橋をわたって

宇治橋は内宮と外を分ける境界線で、内宮参拝の象徴的な部分。

この景色を見た時の感慨深さったら、もうね。

RPGで言えば、ラスダン前にたどり着いた気分だった。

そして、入った内宮……の、印象だけど。

端的に言って、僕は「巨人の国に迷い込んだよう」だと、感じ始めていた。

巨人の国のお社

内宮は、広い。

とにかく敷地が広いし、生える木々・建物の大きさもパない。

これまで僕が経験した「神社といえばこんなもの」って程度を、軽々と打ち砕くスケール。とにかく、でかい。

 

内宮を「神の宮殿」とするなら、僕の地元の神社は「四畳半の安アパート」みたいなものだろう。

そうとしか感じられないくらい、流れる空気が違ってた。

先に荒祭宮へ

といった感じで。

御饌殿や神楽殿など、いかめしい建物を見ていった僕の前に、一つの看板が現れた。

うーん、なんてわかりやすい看板なのだろうか。

道行く人は、みんな正宮の方向に歩いていた。僕もそっちの方に行くべきか、一瞬悩んだけれど。

 

結局、僕は荒祭宮へと、先に向かうことにした。

「人が少ない時間を満喫したかった」のは言うまでもない。

 

分かれ道を左に向かって、流れのままに進む。

人の気配が、再び遠ざかっていって、見えるのは道と木々だけ。

「一昔前なら、『マイナスイオンたっぷり』と表現されてたことだろう」とか思いながら、僕は歩いてた。

もー、辺りの木々の太さ・高さがヤバイのなんの。

特にこの木がすごかった。見るからに「神木です」と自己紹介しているかのような太さ。

なかなか見れるもんじゃないよね、こういうのは。

御稲御倉と外幣殿を過ぎて、ずんずんと石段を登っていった先。

それが、内宮荒祭宮のお座す場所。

たしかこのときね、僕はやけに白石と黒石の境界線が気になってたんだよね。

外宮からずっと見てきたけど、「白=清浄な内側」「黒=そうでない外側」を意味してると感じてたから。

 

神道は意外と、『内と外』をしっかり区切るよねー」って連想してたんだっけな。

表にはあまり出てこないけど、裏側にはしっかりとした信仰と、絶対譲らない部分があるのだろうな。

 

荒祭宮にお辞儀しながら、僕はそんなことを考えていた。

正宮(しょうぐう)の階段

正宮の入り口は、かなりラスボス感のある作りになっていた。

美しく切り出された石階段。小高く覆われた白木の塀。その奥にある本殿までも。

何一つとっても隙無く、穴無く、古き時代の贅の限りがつくされた場所。

 

無論、階段を登った先も同じこと。

 

拝殿と本殿の間にあるのは、ざあっと開けた白石の広場。

他と同じく、白と黒のコントラストは明確で、百人単位で集まれそうなほどに広い。

 

ただ、なんていうかな。

僕はお賽銭を手に握りながら、どこか疎外感を覚えていたの。

 

内宮に入ってから増し続けていた、小さな違和感が首をもたげるようであり。

来るべきでない場所に迷い込んでしまったようにも、僕は感じてたんだよね。

ちょっと、ブルーな気持ち。

普段、僕はわりとキリスト教についての話をしてるんだけど。

実際のところ、キリスト教信じてるとは言えないんだよね。

 

形だけ、作法をある程度知っていて、形だけ、教義をある程度知ってる。

それくらいにすぎないの。

 

神道についても、それは同じ。

一応の嗜みとして、基本的なことは「知ってる」けど、信じてるとは言えない。

 

「知る」と「信じる」とでは、きっと天と地ほどの差があって。

たぶん僕は、その後者の部分が欠けている。

 

形だけ、回りを真似っこしてるだけ……って、ここでふと再実感したの。

 

もう少しわかりやすく言うと、こうなるかな。

『いちおう日本人なんだし、伊勢神宮に行ってみたら意外と馴染めるかも』と思ってたら、あんまり馴染めなかった」って感じ。

 

宗教的半端者にはなかなか辛い、まれに見る威圧感に満ちた場所でした。まる。

(威圧感に当てられて、この後しばらく情緒不安定モードに陥ってた)

五十鈴川の御手洗場

で、正宮の次は、『風日祈宮』、『瀧祭神』と巡ったはずなんだけどね。

その時情緒不安定モードだったから、ちょっと記憶があいまいでね……。

 

もちろん写真も残ってない。

ごめん。Wikipediaのリンクだけでも貼っとくよ。

参考:風日祈宮-WIkipedia

参考:瀧祭神-Wikipedia

 

なので、写真&記憶がはっきりしはじめた頃から続き。

ふらふらと歩いてたら、急に視界が開ける場所に出たの。

川。めっちゃ川。

思わず語彙力を失ってしまうほどに、川。

 

さらさらと絶え間なく流れる水は、水底まで透き通るような透明度。

尽きることのない水音に、なみなみと溢れる水量。

 

そこでしばらくぼうっとしてたら、ようやく正気を取り戻してきたの。

今から思うと、ちょっと正宮の気に当てられてたのかも知れない。(伝奇作品でありそうな言い方)

 

五十鈴川に左手を差し込むと、じんと冷えた流水の感覚。

それだけ確認して、僕はそっと御手洗を離れた。

オオヤマツミ父娘はひっそりと

内宮で最後に訪れたのは、正宮とは逆方向に連座する『大山祇神社』と『子安神社』。

参考:大山祇神社-Wikipedia

参考:子安神社-Wikipedia

この二社は、外宮で言う「度会国御神社」と似た立ち位置に見えた。

神宮の中にあるけど、二十年ごとに建て替えられず、古い見た目のまま。

 

その姿を見ると、どうも「日本の神様も、やっぱり格差社会だなあ」という感想が湧いてならなかったの。

なんともかんとも……せちがらい。

 

まるで小学生同士で、「あなた、ランドセル毎年買い換えてもらえないの? かわいそう……」と話してる場面を見てしまったかのような。

それだけアマテラスさんが特別ってことはわかるけど……そりゃ、神々にも身分差ってあるよね。そりゃ、ね。

 

わかっちゃいるけど、わかっちゃいるけどせちがらい。

伊勢神宮って、せちがらい。神道って、せちがらい」とつぶやきながら、僕は内宮を後にしたの……。

月読の宮

内宮を出た時にはもう、足は疲労困憊だった。今すぐ帰りたいくらいに。

しかし、あともう一息だけ頑張って、月讀宮だけは行っておこう。そう決心した。

 

「倭姫宮」などは、さすがに諦めた。足痛かったし。

参考:月讀宮-Wikipedia

 

日本神話での影の薄さとは裏腹に、伊勢の地でのツクヨミさんは、非常に良い扱いを受けている。

なにせ、二つの別宮持ちだ。両方がぼっち立地なのも、特別扱いの一環だろう。

外宮側にあるのが、月夜見宮。

内宮側にあるのが、この月讀宮だ。

町中にあること、なのに、やけに鬱蒼と鎮守の森が茂っていること。

これは二つの宮に共通する部分。ここも、鳥居をくぐった途端に山の匂いがしたことを記憶している。

 

月讀宮に入ってすぐの脇道に入ると、「葭原神社」を見つけた。

参考:葭原神社-Wikipedia

良い風合い。長い時が木材に染みてるこの感じ、好き。

……写真を見ていてそう感じるだけに、当時良く見なかったことが悔やまれる。

 

「寝不足 + 疲れ + 情緒不安定モードの余波」その他もろもろで、感動銀行が資金切れを起こしててね……。

言っちゃなんだけど、あの時の僕は「フレッシュなリビングデッド」くらいの思考能力だった。

 

そこから更に進むと、いよいよ月讀宮のお出まし。

ここは横一列に、ずらっと四つの宮が並んでる。

左から数えて、この順番だ。

  • 伊佐奈弥宮(いざなみのみや)
  • 伊佐奈岐宮(いざなぎのみや)
  • 月讀宮(つきよみのみや)
  • 月讀荒御魂宮(つきよみのあらみたまのみや)

 

つまり「ママン」「パパン」「ツクヨミ」「ツクヨミ荒御魂」の順番。

 

二世代同居してるとは、なかなか親孝行な神様である。

いや、二世代同居のストレスから、夜な夜な外宮へと逢瀬に行ってるのかもしれないけどね……。

 

こほん。先ほど説明したように、月讀宮から右を見ると「月讀荒御魂宮」。

さらに一つ左が、「伊佐奈岐宮」。

最後に残るのが、一番左の「伊佐奈弥宮」。

……そこ! 「コピー・アンド・ペーストしたの?」なんて言わない!

いちおう、主神である月讀宮だけ、気持ち程度に大きいらしい。

 

四つの宮への挨拶だけ済ませてから、五十鈴川駅へと抜けるようにして月讀宮を出た。

この鳥居が、僕の伊勢神宮を巡る旅の終わり。

最後に(作法通りに)一礼して、晴れやかな気分で五十鈴川駅に向かったの。

 

さよなら、お伊勢さん。

わりといろいろあったけど、総合的には実入りの多い良き旅でした。

 

いやほんと、楽しかった。

おしまい、おしまい……と見せかけて、もうちょっとだけ記事は続くぜよ。

今にして思うと

ここからは、本編からは省いたおまけ部分。

記事を書いてる間に感じた、振り返っての感想を書くよ。

神社で「なにか」を感じる時

度会国御神社に、高河原神社に、葭原神社。

 

この辺りに対するワクテカ感を思い返してみると、僕が「大きくて立派な神社より、小さくて雰囲気ある神社が好き」だとよくわかる。

それが根っからのマイナー好きのせいか、他の部分によるものかはわからないけれどね。

 

多賀宮と度会国御神社で感じた、「なにかがいそうな気配」。

実はこれ、以前書いた天目一神社の記事のときも感じてたことだったりする。

 

状況も同じような感じだ。

「疾風が吹いて、鎮守の森がざあざあと揺れる」風景。

 

天目一神社のときは確か、「拝殿・本殿横、整えられた芝生の辺り」だったはず。

よほど僕は、疾風に何かを感じるらしい。

 

自分の心の動きってのは、なんとも興味深いね。

正宮から回らない人

このレポは僕が通った道のりそのままなので、当然、僕が適当に歩いた記録が克明に残ってる。

 

こうして記事にしてると実感するけど、僕、ほんと脇道から進んでること多い。

そうです、RPGだと「イベントが発生しそうな場所」から離れて、隠し宝箱見つけようとする人です。

 

神社の回り方って、絶対その人の性格でるよね。

僕、正宮から回らない人。あなたはどう?

二日目、正宮見物後について

これあきらか、なにか「気に当てられてた」って状態だったように思う。

自分でも「なんか変だな」って感じてたくらいだもん。

 

お見苦しいので省略してるけど、実際のところ、わりとしばらく変な状態が続いててね。

正宮前の参道を行ったり帰ったり、ゾンビめいてうろうろしてた。

 

ここまでの情緒不安定モードになるのは、『あまり』ないんだけどねー……。

それだけ正宮には、威風ある何かがあった、ということなんでしょうか。

 

あっしには、さっぱりわからんもんでさ!

おまけ・使わなかった写真詰め合わせセット

といったあたりで、ほんとにほんとにこの記事は終わり。

 

こんな最後まで読んでくれたあなたに向けて、ささやかなプレゼントを用意したよ。

伊勢神宮巡りで撮って、今回の記事に使ったり使わなかったりした写真。

 

実は「撮ってたけど、人様が写ってるからボツ」とか。 「撮ったけど、さすがに暗いからボツ」があったりするの。

 

それらの詰め合わせ。ついでに、画像サイズ変換前の、高解像度バージョン。

ZIPで用意しておいたから、興味がある人はぜひぜひ持って行ってね。

 

写真の二次・商用利用については、ご自由に。

明確な文書形式の証拠が欲しい人は、zip内の”readme”を参照してね。

それじゃ、これでほんとのほんとに終わり!

読んでくれてありがとー!